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diary

完投と田中投手

 田中将大投手(楽天)が自身初の月間MVPを獲得しましたね。開幕4連勝。何と言ってもすべて完投というところに価値があります。
 去年は要所ではフォークボール、スライダーで勝負していた印象がありました。しかし、ことしは直球で押しています。それだけ直球の質が良くなっているということだと思っています。
 直球が進化した背景にはWBCがあると思っています。松坂大輔投手(レッドソックス)、ダルビッシュ有投手(日本ハム)を筆頭に一流の本格派投手を1カ月、間近で見てきました。私生活から試合に臨むまでの姿を見ることは、感受性豊かな年ごろの田中投手にとっては最高の教科書だったことでしょう。何かを吸収して帰ろうという姿勢は私にも伝わってきました。
 直球はリリースポイントの位置や力加減を変えていたのかもしれませんが、ダルビッシュと並んで最も勢いがありました。打たれることもありましたが、ほとんどが真っ向勝負でも抑えていて、WBCからシーズンで飛躍する気配がありました。
 完投については賛否があるかもしれません。一時は球数過多の影響で登録を外れてもいましたから。しかし、野球で最も難しいのは終盤のまとめ方で、そこを誰かに任せるのではなく、自分が担うことには大きな意味があります。松坂投手もそうでしたが、若いうちにこそ完投の経験を積んでいた方が大きく育つものです。疲労や故障には細心の注意を払いつつ、本人もぜひ、完投にこだわり続けてほしいと思っています。

diary2009/05/16

1500勝の価値

 楽天の野村克也監督が監督通算1500勝に到達しました。私は西武での4年間の監督生活で287勝を挙げましたが、1500とうのがどれほどとてつもない数字であることかはよく分かります。
 野村監督は阪神、楽天ではBクラスばかりでした。Aクラスはヤクルト時代まで遡ります。それでも監督就任を請われるのですから、勝敗では計り知れない監督としての「商品価値」があるのだと思っています。
 野村監督と言えば、解雇になった選手をよみがえらせる「再生工場」が代名詞です。野村監督自身がテスト生からのプロ入りでした。彼らを自分の野球人生に置き換え、何とかして救ってあげたいという思いが反映されているように見えます。しかし、それも不況で予算が限られているこの時世には、今後も経営者側から求められる手腕かもしれないなとも思います。
 コーチの育成にも定評があります。一度その薫陶を受けると、他球団にも必要とされる存在になれるといいます。同様にスカウトやスコアラーの眼力にも厳しく、野村監督の要求に応えようとするスタッフは確実にプロとしてのスキルを身に付けています。
 御年は73歳。自分がその年までユニホームを着て指揮を執っている姿は全く想像できません。またその執着もないと思っています。私も受けた経験があるのですが、その毒舌には賛否両論あるかもしれませんが、間違いなく球界の宝だと思っています。

diary2009/05/08

伊良部投手が現役復帰

 伊良部秀輝投手が米独立リーグのチームと契約して、現役復帰することになりましたね。実は、WBCの開催期間中、人から復帰を視野に入れていることを聞いていました。
 日本代表は準決勝以降をロサンゼルスで戦いました。そのロスのレストランで食事をともにする機会がありました。伊良部投手は「このままトレーニングを積んでいったら、またやれるんじゃないかと思っています」などと言っていましたね。キャッチボール程度しかやっていなかったそうですが、試しに球速を計ってみたら145キロも出たと言っていました。引退に追い込まれる原因となった右ひざ痛も完治しているようで、体調は全く問題なさそうでした。
 ところで、私が伊良部投手とじっくり話し込んだのはこのときが初めてでした。それまではぶっきらぼうな印象を抱いていたのですが、実際はそうではありませんでした。引退は、もともと不本意な形だったでしょう。野球への情熱も衰えてはいなかったですね。状態を上げていけば、また日本やメジャーでプレーできるレベルにまで上がってくる可能性はゼロではないと私は思っています。
 メジャーでは伊良部投手のように、一度引退した選手が復帰することは珍しくありません。しかし、日本ではまだレアケースです。伊良部投手がかつて所属していた阪神では金本、下柳、矢野とベテラン選手が頑張っています。日本球界を見ても選手寿命は確実に延びています。かつてのヒールの仮面を外し、伊良部がさらに上の舞台に帰ってくることを、私も楽しみに待っています。

diary2009/05/03

WBC選手の現状

 プロ野球は開幕から対戦相手も一巡したところですが、今年はどうしてもWBCをともに戦った日本代表選手たちのプレーに目がいってしまいますね。

 開幕戦ではダルビッシュ有投手(日本ハム)と岩隈久志投手(楽天)の投げ合いを見ました。両投手ともWBCの激戦の疲れが抜けておらず、本来の姿ではありませんでした。彼らは日本代表でも主力中の主力でしたが、その他の投手たちも軒並み、調子が上がらない状態が続いていますね。彼らはWBCで登板機会は少なかったのですが、ブルペンでは毎試合のように肩をつくっていました。多くが所属チームで先発をやっている投手たちで、慣れないブルペン待機を続けた反動が出ているように思います。
 逆に野手は全体的に好調ですね。通常ならWBCが開催されていた3月はオープン戦中です。開幕から徐々にペースを上げていく選手が多いのですが、極限状態の中でのWBCは最高の調整の場となったようです。試合に出ていない野手は実戦不足が懸念されていましたが、ベンチで待機しているときも、いつでも試合に出られるように準備はしていました。常に戦況を見守り、試合勘を研ぎ澄ましてきた結果ではないでしょうか。
 ここまでの各選手を見ると、WBCの影響という点だけで言うなら、投手には負担が大きく、野手にはおおむね、いい方向に働いているという印象がありますね。

diary2009/04/20

イチローの胃潰瘍

 マリナーズのイチロー選手が胃潰瘍で故障者リストに入ってしまいましたね。びっくりすると同時に回復を願わずにはいられませんでしたが、皆さんがそう思われているように私も原因はWBCの激闘が原因だと思っています。
 大会中のことを今振り返ると、イチローは本人も言っていましたが、食欲は衰えていなかったですね。アリゾナ合宿中にステーキ店で選手、スタッフでの食事会があったのですが、500グラムの大きなステーキをぺろりと平らげていたのを覚えています。球場内での食事の様子を思い出しても、特に異変はなかったですね。
 しかし、あれだけの重圧の中でプレーしていたのです。大会中は気力でカバーしていたと思いますが、プレッシャーから解放された瞬間に、達成感や安堵感が出てくるとともに、ピンと張り詰めていたものがなくなったのでしょう。
 私はイチローの一件を聞いて、自分のことも思い出しました。西武の監督に就任したばかりの2003年オフのことでした。あいさつ回りなどで、選手時代と違ってグラウンド外の仕事に追われていました。慣れない環境に、気付かないうちに疲れがたまっていたのだと思います。その年のすべての公式行事が終わった12月に、じんましんで2日間ほど寝込んでしまったことがあります。
 イチローの場合はじんましんでは済みませんでした。私は改めて彼が受けていた重圧のすさまじさを思いました。

diary2009/04/11

祭と祭りのあと

 WBC日本代表は連覇を成し遂げることができました。皆さんからも数多くのお祝いのメールを頂きました。これまでのご支援、ありがとうございました。

 昨年秋にコーチに就任し、短い間でしたが、濃密な時間を過ごさせて頂きました。あれから1週間以上経ちましたが、今日は決勝での思い出を振り返ってみたいと思います。

 ダルビッシュ投手が韓国の最後の打者から三振を奪うと、私はまずベンチでトレーナーら裏方さんと喜びを分かち合っていました。今大会で、彼らの頑張りには頭が下がる思いだったからです。陰の殊勲者と言ってもいいと思っています。彼らは入りづらい思いがあったかもしれませんが、是非、我々が喜ぶ輪の中に入ってほしかったのです。
 次は原監督を探しました。選手やコーチ、周囲には見せることはなかったですが、我々コーチ陣とは比べものにならない重圧と闘っていたと思います。一刻も早く選手のもとに連れていきたかったのです。ただ、私も興奮していたのでしょう。最初は間違って山田投手コーチの手をつかんでしまっていましたね(苦笑)。
 その後のシャンパンファイトは初体験でした。酒が飲めない私には、ビールより酔いが回った気がしました。よく冷やされていたので、泡立ちが悪く(西武の黄金時代の初期はそうだったのですが、要領が分かってきたその後はあまり冷やさないようにして泡立ちをよくしていました)、何と言ってもかかると寒かったです。このご時世を配慮したのでしょうが、量もそう多くはなく、最後はシャンパンを冷やしていた氷の投げ合いをみんなでしていましたが、それもまた新鮮で楽しかったですね。
 これで多くのメンバーが所属球団に戻り、私は再び、ネット裏に回ることになります。この1カ月余り、ユニホームを着て勝負することの醍醐味を再確認してきました。今はプレッシャーや緊張感から解放されたのですが、祭りの後の寂しさのようなものも少し感じていますね。

diary2009/04/04

いつの日かベストのアメリカと

 WBC日本代表は準決勝でアメリカを破りました。アメリカ戦と言えば、前回大会で不可解な判定もあって敗れていましたが、今回はほぼ完勝に終わりました。  試合後のベンチ、私は素直に決勝進出を喜ぶとともに、複雑な気持ちも沸いてきました。やはりアメリカはベストではなかったからです。顔触れもそうですし、モチベーションも中途半端でした。どこか、試合をただ消化している感じでした。
 序盤こそ、得点したときの喜び方などを見ると、冷めているわけではないことが伝わってきました。スタンドからは圧倒的な「USA」コールが起きていました。しかし、終盤になって大勢が決まると、外野を抜けた打球の追い方が緩慢になっていたりと試合を捨てた選手がいたことも確かでした。アメリカにとって、WBCとはその程度の大会なのだろうと思ってしまいました。
 たとえアメリカといえども、本気にならないとこうやって勝てないぐらい、日本との差は埋まりつつあると思う。しかし、仮にアメリカがベストメンバーで全力を出してきたら…。自虐的に言うわけではありませんが、冷静に力関係を考えると、日本はまず勝てないと思っています。なぜならまだその差は決して小さくないと思うからです。
 だからこそ、一度ベストのアメリカと戦ってみたかったですね。間違いなく、そこから日本の野球の通じるところ、足りないところが見えてくるからです。是非、次回大会ではベストメンバー同士で真剣勝負の日本―アメリカというものを見てみたいですね。

diary2009/03/26

対キューバ

 WBCでアメリカにやってきました。日本代表は東京での試合後、チャーター機で移動し、時差ぼけのまま、メジャー2チームと練習試合を行いました。アリゾナは昼間との温度差が激しくて、空気はかなり乾燥していました。中島裕之選手が発熱で倒れるなど、選手にとっては体調管理が難しかったと思いますね。

 サンディエゴもやはり朝晩の温度差がありました。日本はそんな厳しい状況で迎えた初戦に強敵のキューバに快勝することができました。私にとっては初めてのキューバ戦でした。キューバには足が速く、すきがないチームという印象を抱いていました。何をしてくるのか、分からない怖さもありました。
 しかし、ふたを開けてみると予想外に楽な展開でした。日本にもミスはありましたが、相手の自滅で怖いぐらいにうまく点を取れました。警戒してきた先発の左腕チャプマンも、映像で見たような速さは感じなかったですね。
 キューバの投手陣は想像以上に層が薄くなっているのか、日本が強くなって相手に野球をさせなかったのか。いずれにしても、拍子抜けするほど簡単に勝てたことが、逆に不気味でなりませんでした。
 ただし、再戦の可能性はあります。そのときはこの日勝った余韻をリセットし、選手がもう一度挑戦者のつもりで向かっていけるように、雰囲気をつくっていきたいと思います。

diary2009/03/18

日韓戦

 コーチとしてWBCで日韓戦というものを初めて経験しました。試合前から特別の雰囲気がありました。両国の国歌斉唱のときには、初戦の中国戦とは違った、高揚感のようなものを覚えていましたね。

 今回のWBCは北京オリンピックでメダルを逃した日本野球の、いわば威信を取り戻す戦いでもあります。オリンピックでは韓国に2連敗しましたので、私もコーチに就任してから負けられない、特別な相手ととらえていました。高揚感の裏には、それらのことがあったからだと思っています。
 こんな高揚感、昔、似たような気持ちを味わったことがあります。一人ではなく、今回と同じようにチームとしてでした。現役時代の若いころ、まだ西武が黄金期を築く前の巨人との日本シリーズでした。球界の盟主と言われていたチームを倒すことに燃えていた、あのころの気持ちですね。
 それにしても原監督からサインを送られて、三塁コーチに送るという作業は本番になると疲労感が違いましたね。しかも韓国戦は結果的には大勝と惜敗でしたが、どちらも紙一重の展開でした。監督であれば自分の一存で作戦を決められるのですが、WBCではあくまでも中継するだけなので気の張りつめ方がまったく違いますね。
 まずミスは許されません。そして次はこんなサインが来るかもしれないと事前に何通りも可能性を考えます。1球たりとも目を離せません。それもこれも日本が勝利すれば心地よい疲労感になって、すぐに癒やされるというものではありますが。

diary2009/03/14

サイン伝達にひと苦労

  WBCに向けた強化試合が終わりました。もっとプレッシャーがかかると思っていましたが、意外にリラックスしてここまで来ています。ただ、一つの仕事を除いては、ということではありますが…。

 オーストラリアとの2連戦では攻撃のときにベンチから打者にサインを送ることはありませんでした。大会が行われる東京ドームに移ってから、本格的にサインを送ることになっていたからです。ただ、西武との試合では原監督もおっしゃっていましたが、ベンチが動くような場面はありませんでした。最後の巨人との試合でようやく、バントを使って1点を取りにいくような局面がありました。テレビにも映っていたそうですが、総合コーチの私はベンチで原監督の指示を受けて三塁コーチにサインを伝達する役目を任されています。
 西武の監督時代は自分で作戦を決めていた。サインは自分で送るか、コーチに送らせるかでした。しかし、今は違います。実はこれが全く初めてのことです。決して難しい仕事ではないのですが、絶対に間違いは許されないので、ミスのないようにかなりに神経を使います。
 そのためにはやはり備えが大切ですね。試合展開を先読みして「監督からこんなサインが出るのでは」と事前に何通りか作戦の選択肢を考えています。頭は常にフル回転させておかないといけませんね。幸い、この試合が1点を争う展開で、十分に本番を想定した経験もできたと思っています

 

diary2009/03/07

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