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注目の菊池投手

 今月29日のドラフト会議に向けて花巻東高校の菊池池雄星投手がメジャーリーグ挑戦か、それとも日本球界に進むのか、進路で高く注目されています。
 去年は新日本石油ENEOSの田沢純一投手が社会人から直接、レッドソックスへ入団しましたが、今回は高校生です。しかも日本の球団の多くがドラフト1位候補に挙げている、20年に一人とも言われている逸材です。菊池投手がメジャーを選んで前例ができると、今後も有望な高校生が次々と流出することになりかねません。日本球界が受ける衝撃は田沢の比ではなく、私も強い危機感を抱いています。
 ここからは私の持論ですが、日本球界のこと以外に菊池投手の成長を考えても、日本のプロで力を蓄えてから行った方がいいと思っています。日本では貴重な左の本格派投手ですが、球の速い投手なら米国にごろごろいます。WBCでも思ったのですが、日本の投手がメジャーで成功する秘訣はスピードよりコントロールです。これは日本で磨くのが最適だと思っています。
 菊池投手が環境の変化に耐えられるかも心配です。あれほどの逸材だから、日本なら大事に育てられるでしょうが、メジャーではいち若手選手として扱われるでしょう。選手育成のすそ野は日本より広いだけに、大きく成功する可能性がある半面、失敗のリスクも相当高いと思っています。
 昨今はメジャー球団のスカウトが日常的に高校野球を視察しています。情報はあふれ、高校生にもメジャーは身近になっています。菊池投手は夢に突っ走ってしまいがちな年ごろでもあります。しかし、ここは慎重になってほしいとものです。日本球界のためだけではなく、本人のためにもメジャーには日本のプロで実績を積んでからでも遅くありません。

diary2009/10/08

信じられない記入ミス

 横浜ベイスターズが9月5日の中日との試合で、先発投手の名前を書き間違えるという信じられないミスを犯しました。

 私が西武の監督だった頃、まず試合前日にマネジャーに翌日の先発出場選手を伝えていました。そして当日、ホームゲームならマネージャーが監督室を訪ねて、私の横でメンバーを書き込んでいました。最後に私も審判団を交え、相手の監督とメンバー表を交換する前に、もう一度メンバー表に目を落として確認していました。
 ビジターゲームなら、監督はメンバー表交換の直前までケージ裏などで打撃練習を見ているものです。その途中にマネージャー持ってくるため、確認が甘くなることはあるかもしれませんが、この日の横浜はホームゲームでした。どうしてこんなことが起きたのでしょうか。横浜はセ・リーグでただ1チーム、クライマックスシリーズ争いに絡むことなく低迷しています。どうしてもそのことと結び付けられて、緊張感の欠如が原因と断じられても返す言葉はないでしょう。
 ロッテでも監督からコーチに「堀」と今江敏晃内野手の愛称である「ゴリ」が間違って伝わって、先発メンバーが代わったことがありました。これも褒められた話ではありませんが、何とかカバーのしようがある野手と違って横浜のケースではそれよりも試合の勝敗を左右する度合いが大きい先発投手です。日本で最高峰の試合を期待しているファンに対して、あまりに失礼な話だと私は思いました。
 ちなみに試合は間違って名前を書き込まれた先発グリン投手が1アウトで交代し、本来の先発だったランドルフ投手がその後無失点で投げ切りました。ですが、結果オーライでは片付けられません。プロにあるまじき失態ですので、猛省してもらいたいですね。

diary2009/09/28

逆境でこそ問われる真価

 ヤンキースの松井秀喜外野手が球団の指名打者のシーズン最多本塁打記録を更新したとかで、好調なシーズンを送っていますね。
 不調だった頃と技術的な変化を挙げますと、古傷の左ひざの状態がいいことで踏み込みに力強さが出ています。特に外角球への対応が際立っています。しっかりと踏み出している分、ヘッドスピードが速く、センターから右中間に強い打球が飛んでいます。
 しかし、技術以上に感嘆させられるのは精神力の方です。近年は故障に苦しみ、今年はヤンキースとの契約最終年ということで、チームからの放出報道で騒がしい時期がありました。我々スタッフが4番に期待していたWBCでも代表入りを辞退していました。今年に懸ける意気込みは感じられたのですが、日の丸を背負うことを断ってまでそうしたのですから、そのプレッシャーは計り知れないものがありました。
 そんな逆境で復活を遂げました。WBCを辞退したことも今となっては説得力があります。人づてに聞いた話やメディアを通した言動で、彼の気持ちの強さは分かってはいましたが、それをあらためて証明した形になりました。選手の価値は逆境でこそ問われると思っていますので、やはりいい選手だなと改めて思いました。
 彼がたとえヤンキースに残れなくても、今年の活躍を見れば必要とするメジャーのチームはあるでしょう。日本では阪神が興味を示しているという報道はありましたが、個人的には是非、最後までメジャーで骨をうずめてほしいと思っています。日本から挑戦した選手で唯一通用している長距離砲として、まだまだ最高峰の舞台でその姿を見ていたいと思っています。

diary2009/09/21

インフル禍

 複数の主力選手が新型インフルエンザに感染した日本ハムをはじめ、球界もこの病気の猛威とは無関係ではいられない状態になっています。シーズンも大詰め。各球団ともこれ以上、感染者を出さないように拡大に対策を立てています。

 今回の規模とは比較するまでもないことですが、私が現役だったころにも西武で風疹が一部の選手には流行ったことがあります。確か20代半ばのころだったと思います。当時、私は既にレギュラーで、大阪球場での南海戦のことだったと記憶しています。その日は試合前の練習は普通にこなし、試合でも元気にマスクをかぶっていたのですが…。
 七回の守りから突然、体がだるくなったのです。コーチに代えてもらうように言ったのですが、試合展開は西武が小差でリードしていました。控え捕手の層が薄かったこともあって、そのコーチには「あと2回、頑張ってくれ」と。
 しかし、八回になると背中に発疹が出たのです。意識ももうろうとしてきました。何とか九回まで出場し、チームはそのまま勝ったのですが、試合後に病院へ直行すると、風疹が発覚したのです。病院では40度の高熱にうなされ、数日間欠場しました。故障もしていないのに試合に出られないのは、歯がゆかったですね。1度ブランクが空くと、立て直しは大変です。これからクライマックスシリーズ、そして日本シリーズと続きます。実力以外のところで勝敗が左右されないことを祈っています。

diary2009/09/14

両打ち2000本の裏の努力

 先日、メジャーリーグでアストロズの松井稼頭央内野手が日米通算2000安打を達成しましたね。彼はちょうど私の西武監督就任と入れ替わりで、メジャーに行っています。現役時代は何年かともにプレーしたのですが、記憶に残っているのはスイッチヒッターに挑戦した当初、右打ちの彼が左打ちを習得しようと血のにじむような努力を重ねていた姿です。  打撃を担当していた土井正博コーチから体に防具を着けさせられ、至近距離から打撃投手の緩い球を体に当てる練習からのスタートしていました。私も遊びで左打ちを試したことはあるのですが、打席に立つだけで右打席とは全く視界が違います。そんな違和感の中、まずは体に近い球を怖がらないように意識付け、よける練習はそのあとでした。
 次のステップでも新たな壁が待っていたと思います。急造の打席ではどうしてもひざ元の変化球を振ってしまうものです。右打席なら対処できていた右投手のスライダーが、同じ軌道でも左では対処できないのです。当てることで精いっぱいだったでしょう。
 そこから安打にする打撃、すなわち自分のスイングを身に付けるのは、もう練習量しかなかったでしょう。チームメートから見ても、彼がバットを振り込んだ数は半端ではありませんでした。そうやって右打席と遜色ないところまで質を高め、メジャー移籍前年には、左打席で本塁打を狙うことも意識できるまでのレベルに達していました。
 いくら俊足で左打ちをマスターしたからといって簡単に成功はできないものです。練習で質はもちろん大事ですが、やはり相当な量をこなしたからこそ、大台に到達したと思っています。

diary2009/09/07

ドームの恩恵

 ここ何年か、考えていたことがあります。なぜ40歳前後の選手の活躍がここまで目立つようになったのか、ということです。横浜・工藤公康投手、阪神の金本知憲外野手、中日の山本昌投手ら…。明らかに選手寿命が延びたように感じていたのです。
 確かにトレーニング方法などの進歩がその一因に挙げられるでしょう。しかし、どうもそれだけではない気がしていました。そこで思ったのがドーム球場による恩恵でした。
 選手にとって、最も体力を消耗するのは梅雨時から夏までの約3カ月間です。特に炎天下では練習からスタミナを奪われます。試合でも、例えば私などは捕手という1カ所にとどまるポジションだったので、日差しの厳しさというものは身をもって知っています。
 これに対してドームでは太陽光を浴びることがありません。気温も空調によって常に一定に保たれています。ドームとセットになっている人工芝は野手の足腰に負担がかかるという認識がありますが、今は天然芝に近いものに改良されています。
 逆に内野手は土のグラウンドだと、スパイクの歯が金具になり、これが足腰に響くのです。人工芝用の樹脂製ポイント付きスパイクはランニングシューズ感覚で履けるため、こっちの方がよっぽど楽です。
 シーズンの半分ものタフな期間を、快適な環境で過ごせることが、いかに大きいことか。その日々の積み重ねが選手寿命に影響しないはずがないでしょう。「アラフォー」世代の活躍を見るたびに、私はドーム球場の恩恵を考えてしまうのです。

diary2009/08/31

高校野球の夏

 高校野球は今年も熱線続きで幕を閉じましたね。私は熊本工業高校3年生の夏に1度、出場しただけですが、この時期が来ると、当時のことを思い出しますね。

 試合は慌ただしく終わっていった思い出ばかりが残っています。プロのスカウトにアピールしたいといった気持ちもさほど強くありませんでした。記憶に残っているのは、むしろ試合以外の出来事の方ですね。
 皆さんもご存じの通り、甲子園で敗れたチームの選手は、試合直後に土を持って帰るのが恒例です。しかし、私たちは違ったのです。大会前の会場練習時に、前もってスパイクの袋に土を入れて、持ち帰ったのです。試合当日になると次の出場校の練習などに追われ、時間がないと思っていたからです。せっかく甲子園に来たというのに、いきなり負けたときのことを、みんなが用意周到に考えていたと思うと、今でも笑えます。
 チームの宿舎は芦屋市内にありました。そこでは青森の代表校とも同宿でした。しかも彼らは対戦相手でもありました。大会期間中は毎日、顔を合わせていたので、嫌でも仲良くなるものです。試合で私たちが勝ったのですが、その後の宿舎では一緒に風呂に入ってまた親交を深めていました。風呂に浸かりながら彼らが翌日、電車で12時間以上もかけて青森に帰ると聞いて驚いたことは、今でもよく覚えています。
 今年は3年ぶりに母校の熊本工業高校も出場しました。県大会の準々決勝ぐらいまで行くと、気になるもので、ずっと注目していました。本大会では残念ながら1回戦でサヨナラ負けをしてしまいましたが、また来年、戻ってくると願っています。

diary2009/08/24

イチローとの再会

 先日書いたメジャーリーグのオールスターゲームでは、イチロー選手とも再会しました。WBCの優勝から数ヶ月経ちましたが、あの時とは別人のイチロー選手がいました。
 例えば試合前。全ての選手で集合写真を撮っていました。日本のマスコミはイチロー選手の登場シーンを撮ろうと、かなり前からベンチ前で待ち構えていました。しかし、それが分かっているのでしょうか、イチロー選手がじらすようにグラウンドへ出てきたのは最後でした。並み居るメジャーのスター選手が待っている中だったので「イチローはアメリカでもスーパースターになったのだな」と実感したものでした。
 グラウンドでは練習の合間を縫って、彼と会話も出来ました。特にWBCの影響で胃潰瘍になり、開幕から欠場したことについての話は印象的でしたね。イチロー選手は「かなり重症だったんですよ。僕が8試合も休んだんですからね。この僕がですよ」と言っていました。彼らしい言い回しでしたが、改めて激闘の跡がうかがい知れましたね。
 試合そのものでは、WBCとは全く違うテンションでした。試合を楽しみ、ファンを楽しませていました。WBCのような悲壮感はありませんでしたが、逆にそんな姿がWBCは彼にとって特別な大会だったことも浮き彫りにしていました。

diary2009/08/13

本場の球宴に思う

 7月にメジャーリーグのールスターゲームの解説でセントルイスを訪ねてきました。初めて現地で見るオールスターでした。それまで私は日本のオールスターしか知りませんでしたが、日本とはまったく違う雰囲気がありました。

 試合そのものは単調で、それほど面白いものではありませんでした。秋のワールドシリーズの本拠地開幕権が懸かっているとは言っても、本気になるのは終盤に競っていれば、という程度なのでしょう。感じるところが多かったのは、むしろ試合前の出来事の方でしたね。
 メジャーではオールスターは1試合しか行われないため、希少価値は日本よりも必然的に高くなります。各球団の持ち回りですが、チーム数が多いため、自分が住んでいる所で見られる機会はめったにありません。だから地元ファンでもチケットの入手は至難ということです。セントルイスも街をオールスター一色にして盛り上げていたところに、その価値の高さが感じられました。
 試合前に行われる選手の記者会見一つを取っても華やかさを感じましたね。日本のように練習の合間に立ち話で応じるのではなく、ホテルの大きなスペースを貸し切って、各選手がスーツや私服姿で対応していました。米国では当たり前なのかもしれませんが、私には新鮮に映りましたね。
 ホームラン競争も印象的でした。勝ち抜き方式など見せ方が巧みで、それだけで十分にショーとして成立していました。随所に日本も見習うべきと思える演出のうまさがありましたね。

diary2009/08/05

ビデオ判定について

 セ・リーグは8月から本塁打のビデオ判定を試験的に実施することを決めましたね。パ・リーグはビデオ判定に消極的です。プレー同様に、ミスがあるのも野球の醍醐味という声、審判員の権威が落ちるという意見もあるでしょう。しかし、それらを踏まえた上で、私は基本的にはビデオ判定導入に賛成したいと思っている1人です。
 誰もがそうでしょうが、選手、監督時代を通じて審判員の判定に疑問を持つことは少なくありませんでした。もちろん間違った判定に救われたこともあるのですが、人間は勝手なもので不利な判定の方が記憶に残っているものです。
 その点で私がユニホームを着ている時に最もよく覚えているのが、西武監督として指揮を執った2004年の中日との日本シリーズ第1戦です。ご記憶の方もいらっしゃるでしょうが、ある判定をめぐって49分間も中断し、審判団が誤審を認めてようやく再開されました。当時もこういう微妙なプレーにこそ映像の力を借りればいいと思いました。受け入れられませんでしたが、審判員に「映像をもう一度見てほしい」と要望もしました。
 日本シリーズなどのように外野の両翼に審判員を配する6人制でも防げない誤審もあります。2人少ない4人制ならなおさらです。中でもポール際の微妙な打球の判定というものは、球場が広くなって打球も飛ぶようになった現代の野球では、より難しくなっています。
 そのプレーが選手の今後の人生を左右することもあります。肉眼での限界を補う意味で、ビデオを限定的に活用していけば選手、審判員ともにハッピーではないでしょうか。

diary2009/07/26

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