犠打の裏には血にじむ努力
ヤクルトの宮本慎也選手が4月9日の阪神戦で史上3人目の通算350犠打を記録しました。私も現役時代に305犠打をマークしました。これは今でもパ・リーグ記録になっているのですが、一つ犠打を決める裏には血のにじむ努力があることを、身をもって知っていると思っています。宮本選手の記録は派手ではないのですが、本当に誇れるものでしょう。
私はプロ入り前の熊本工業高校時代、バント練習はまともにしていませんでした。クリーンアップだったので、バントのサインは出るはずがないと思っていたからです。高校時代に公式戦で記録したのは確か、1個だけと記憶しています。
しかし、プロに入って西武での打順は下位でした。走者を進められないと試合に出られませんでした。バントの上達は死活問題でした。キャンプでは徹底的に練習しましたね。バントは球が転がらないバットの先に当てるのが基本です。跳ね返らない分、衝撃は自分の手で受けます。右手親指の付け根は常に腫れ上がっていました。痛くてフリー打撃でフォームを崩すほどでした。
試合でも身を削っていました。よくボールを人さし指に当てながらバントを決めたものです。手袋がなければ、何度か骨折していたでしょう。実は日本シリーズ中にもそんなアクシデントがあり、次の回の守備で負傷を隠すのが大変だったことを覚えています。
ネット裏から見ている今でも、一、二塁の状況で右打者が三塁方向にバントを試みるとき、ついその選手を自分に置き換えて手に汗握ってしまいます。それがいかに難しいか、知っているからだと思います。
私はプロ入り前の熊本工業高校時代、バント練習はまともにしていませんでした。クリーンアップだったので、バントのサインは出るはずがないと思っていたからです。高校時代に公式戦で記録したのは確か、1個だけと記憶しています。
しかし、プロに入って西武での打順は下位でした。走者を進められないと試合に出られませんでした。バントの上達は死活問題でした。キャンプでは徹底的に練習しましたね。バントは球が転がらないバットの先に当てるのが基本です。跳ね返らない分、衝撃は自分の手で受けます。右手親指の付け根は常に腫れ上がっていました。痛くてフリー打撃でフォームを崩すほどでした。
試合でも身を削っていました。よくボールを人さし指に当てながらバントを決めたものです。手袋がなければ、何度か骨折していたでしょう。実は日本シリーズ中にもそんなアクシデントがあり、次の回の守備で負傷を隠すのが大変だったことを覚えています。
ネット裏から見ている今でも、一、二塁の状況で右打者が三塁方向にバントを試みるとき、ついその選手を自分に置き換えて手に汗握ってしまいます。それがいかに難しいか、知っているからだと思います。
diary2010/05/16




