両打ち2000本の裏の努力
先日、メジャーリーグでアストロズの松井稼頭央内野手が日米通算2000安打を達成しましたね。彼はちょうど私の西武監督就任と入れ替わりで、メジャーに行っています。現役時代は何年かともにプレーしたのですが、記憶に残っているのはスイッチヒッターに挑戦した当初、右打ちの彼が左打ちを習得しようと血のにじむような努力を重ねていた姿です。
打撃を担当していた土井正博コーチから体に防具を着けさせられ、至近距離から打撃投手の緩い球を体に当てる練習からのスタートしていました。私も遊びで左打ちを試したことはあるのですが、打席に立つだけで右打席とは全く視界が違います。そんな違和感の中、まずは体に近い球を怖がらないように意識付け、よける練習はそのあとでした。
次のステップでも新たな壁が待っていたと思います。急造の打席ではどうしてもひざ元の変化球を振ってしまうものです。右打席なら対処できていた右投手のスライダーが、同じ軌道でも左では対処できないのです。当てることで精いっぱいだったでしょう。
そこから安打にする打撃、すなわち自分のスイングを身に付けるのは、もう練習量しかなかったでしょう。チームメートから見ても、彼がバットを振り込んだ数は半端ではありませんでした。そうやって右打席と遜色ないところまで質を高め、メジャー移籍前年には、左打席で本塁打を狙うことも意識できるまでのレベルに達していました。
いくら俊足で左打ちをマスターしたからといって簡単に成功はできないものです。練習で質はもちろん大事ですが、やはり相当な量をこなしたからこそ、大台に到達したと思っています。
次のステップでも新たな壁が待っていたと思います。急造の打席ではどうしてもひざ元の変化球を振ってしまうものです。右打席なら対処できていた右投手のスライダーが、同じ軌道でも左では対処できないのです。当てることで精いっぱいだったでしょう。
そこから安打にする打撃、すなわち自分のスイングを身に付けるのは、もう練習量しかなかったでしょう。チームメートから見ても、彼がバットを振り込んだ数は半端ではありませんでした。そうやって右打席と遜色ないところまで質を高め、メジャー移籍前年には、左打席で本塁打を狙うことも意識できるまでのレベルに達していました。
いくら俊足で左打ちをマスターしたからといって簡単に成功はできないものです。練習で質はもちろん大事ですが、やはり相当な量をこなしたからこそ、大台に到達したと思っています。
diary2009/09/07




